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自分、無粋ですから

それを言っちゃあおしめえよ。

俺の人づきあいが何だったのか分かったよ

GATE

普通のまっとうな人間が他人の祝い事に対して素直に祝いの言葉を述べなかったり恨んだりみんなでやっかんだりするのは、みんなは俺と違って本当の意味でいろんな人とお付き合いしてしっかりと社会人として生きているからだ。一方で、俺の回りには自然と素直に祝わなければ罰が当たりそうなぐらいの人格者や能力の高い者、心が安定していたり優れていたり、また多少問題があってもしっかりとやるべきことができて結果が出せる人ばかりがいる。

これは、俺がその様な優れた人間としか付き合わない無能で臆病で器が小さい人望も人格も力もない卑怯で人を選別しているクズなのだ。俺の回りにすごい人間しかないのはそういうことなのだ。多分9割ぐらいそういう理由なのだ。俺が悪いのだ。俺が付き合う人間を選んでいるから、俺が何も苦しくなくてみんなが一方的に迷惑に思うことになる。

俺が誰かの幸せを素直に祈っているのではなく、俺の様などうしようもないゴミでも素直に祝える様な人格者しか俺の周囲にいないということだ。俺が恨むのは第一に俺であり他はほぼ誤差の様なものなのは、そうだからだ。

やはりもう、生きるためのことは本当はしなくていいはずだ

GATE

無理をして生きるのをが最後に頑張ってやめた方がいいのではないか。俺が頑張るべきことはそれだけなのでは。誰かに相談したり助けを求めても全員が無理になるところまで来てしまっているのに、それを無視しても何もならない。誰というのも人間だけではなく生物や物質や事象すべてを含む「何か」、つまり「何か助けてくれ」という奇妙な表現になる。これ以上生きていても、広がり続ける手術失敗した癌に場当たり対処しているだけで、みんな損をする。やり残していることはそれだけじゃないのか。

去年少しそこまで行きつつ一方で自分のすべてを本当に賭けて挽回策を打ち、やったのにどうしても自信がなくて成功が確定していたのに、結果が出る直前で自分から身を引いたのは事実で動かない。次善策のB案は想像以上に使えないことが分かり、軌道修正をかけてもやはり持たなかった。外からの単純な金では解決できない。冷静に見るべきだ。金融でいう損切に当たる行為を行わないと、命が塩漬けになって、傷口が際限なく広がり感染の拡散まで引き起こすことにもなる。

自分の気持ちと残っているもの周囲のこと先のこと関係すること全てを考えれば、どうすべきかは分かってくる。俺のリソース残量とそれによる頑張りだけの問題で、最後に一念発起すべきなのだ。

良いところがあれば生きていける

無粋

自己肯定感で最後まで行けるのは元々ちゃんと資質か実力があった訳で、根拠が後からついてくるというのも無から沸いてきたのではなく発見したと言うことなのだ。無から完成したのではない。あったものの発見なのだ。これが最後までいけないのはつまり、

みんな、人生では新しいものの発明じゃなくて自分の山の採掘をしているのだよ。