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自分、無粋ですから

それを言っちゃあおしめえよ。

歩行者と自転車と自動車と混合交通の在り方と

交通

まえがき

以下は、比較的よく歩き、時々走り、自転車にも乗り、かつ年間のエンジン付き車輌走行距離も15,000kmを超え、二輪も四輪も特殊車輌以外は乗れちゃう上に、日本全国(そりゃもう比喩抜きに日本の隅々まで)の道路事情もいろいろな機会で体験してきて、海外もポツポツ知っている私の意見。

各地でフレーム発生中

交通関係となるといつものことだが、エゴ激突で大フレーム化している。

id:finalvent氏は、この件に関しては以前から極右なのでまあそうだろうとして、私の探し方が悪いのかもしれないが、派手にエントリーを書いている人は概ね絶賛(?)脊椎反応中の様だ。ホワイトカラー・エグゼンプションの件と変わらない光景に見える。それだけ、民衆に密着した話題ということなのだろう。「自転車は殺人兵器!」「また子供が犠牲に!」みたいな熱くなれる話だし。
この話の根本は何なのだろうか?と疑問に思ったが、面倒だ。調べる気ナッシン。交通ネタは魑魅魍魎が渦巻き過ぎるので、今回はもう数字の魔術などどうでもよい。なので、非科学的で半ば無意味な精神論の話をすることにする。啓蒙など無駄だ?分かっているそんなことは。小・中・高・大二合併症なだけである。

無粋な人の雑感

はっきり言えば、この件に関するフレームの元は、誰も責任を取りたくないし難しいことは何も考えたくないということなのだろう。
賛否を含めて脊椎反射中の人の多くは、根本に(この件に関しては)法律を守っていればOKという考えが見て取れる。「交通ルールが…云々」という人も、どうも自分では事故を回避しようという精神に欠けている様に見える。信頼の原則の超解釈かもしれない。

事故を回避するには?

事故とは何だろうか。突き詰めると"複数の物体の運動ベクトルの交差"である。いや、突き詰め過ぎか?しかし、昔、おばあちゃんが言っていた(嘘)。「当たらなければ、どうということはない」。たとえ隙間が1cmでも同じ速度で同じ方向に運動すれば事故にはならないのである(接地面が平坦、傾斜角0度、μが一定、重力は無視、空気抵抗・光圧は無いと仮定する(笑))。
では、ベクトルの交差を回避するにはどうすればいいか?

  • 現在の自動車最優遇の道路交通法を歩行者保護を第一にして尊守させる!厳罰化!!大型トラック氏ね!!1糞トヨタ氏ね!!1!1

…アホですか。風が吹いても桶屋は儲かりませんよ。

  • 回避する。

実にシンプル。当たり前。これしかない。歩行者はか弱い存在であり道路交通法を勉強している運転免許保持者が保護すべきとは言うが、事故回避という目的において、道路交通法の詳しい知識など何ら必要ないと断言する。事故は物理現象に過ぎず、物理法則に逆らわなければよい。

全ての道路交通に当てはまる
  • どう見てもベクトルが交差する状況で前進しない。
  • 予測不可能な動きをしない。ちゃんとそれなりの予兆を見せる。
  • 先が見えない場所ではちゃんと確認をする。
  • 譲り合いの精神。
歩行者
  • 歩行者優先を歩行者が神様だと拡大解釈しない。後ろから何かが来ても、道に横に広がって歩き続けるとかいろいろ。
  • 歩行者でも前後左右をちゃんと気にしておく。向かい合う歩行者同士の衝突回避すらしない、全く念頭にない人は、かなり問題がある。
  • 歩行者の使うブレーキは最強で最もローコストであり、敏捷性も高いと認識せよ。他の車は、停止や減速に歩行者が思っている以上の大きなコストがかかるし、止まるのも遅い。回避も同様で、こと"道を譲る"という動作に関しては、歩行者の払う代償が一番安い。
自転車
  • 車輌であるという認識に欠ける人が多いが、難しい道路交通法は全くいらない。汚物召し上がれだと思っていてもよい。それでも下のことぐらいは覚えておけ。
  • 先の見えない出会い頭でカッ飛んではいけない。
  • 夜間はライトを点けろ。点灯の意味は、前を照らして見やすくするものではなく、その大半が相手に存在を知らせるためである。真っ黒な状態で夜間に20km/h程度で移動する物体は、どの交通でも物理的に避けられない。
  • 自分の出している速度に応じた安全確認を行える余裕と腕を持つ。ちゃんと首を振って目で見る。
  • 自動車や歩行者の目を見て予測をつけろ。最低でも自動車のウインカーぐらいは見ろ。
  • 君は、路地から今まさに右折しようとしている車を、後ろから無確認で右側をぶち抜くとかやってないか?ベクトルの合う方向には行ってはいけない原則を頭に刻み込め。

私は、自転車に関しては、日本の道路事情でのパワーバランス(政治力じゃないよ)を冷静に考えれば、歩道寄りで車道走行はオマケだと思う。歩行者の言う危ない目に遭った話は、誇張を丁寧に取り除けばたいしたことはない話ばかりだ。
動きが不自由になる老人や障礙者、まだ教育の行き届いていない子供に関しては、出来ないことは無理強いしない。それは、一定の範囲で譲ってしかるべきである。だが、原則は同じ。


もちろん、そうはいかないだろう。エゴの様な強い力のぶつかり合いにおいては、引いたり譲ったり譲歩したりしたら負けなのは事実だ。核兵器には核兵器、もしくはそれに等しい力が必要である。グローバルスタンダードにもそう書いてある。また、リバタリアニズム的発想には、物事を複雑化させる面がある。複雑化は、イレギュラー、フェイラー、つまり事故の元を作る。
でも、こんなの言われなきゃできないことか?義務教育でいちいち時間を割いて教えないといけない様な難しい話か?責任放棄して法律の傘に入らないとできない様なことか?海外ではどうとかえらく曖昧な話もあるけど、向こうの方がよっぽどハッキリしてるわ。「ブレーキ踏ませたほうが悪い」って言う論理のロータリー大好きな欧州国もあるし。(日本でロータリーが普及しないのは、どういうことなんだろうね、フフ)

余談1

ドミノ倒しと神タイミング発動(別に狙った訳じゃないと思うけど)の飲酒運転罰則強化と自動車運転致死傷罪新設の方が個人的にはホットな話題だけど、「あーあ、やっちゃった」ぐらいであまりコメントはする様なことがないので半スルーしておく。

余談2

歩いていても何かに乗っていても正直言って破天荒であろう私だが、バイク乗車時の自分の操作ミスによる自損事故以外はやらかしたことがない。ゴールド免許じゃないけど(ははは)。ここで「運がよかっただけとか」いう突っ込みを入れた人は、他の議論も全て運の問題で片付けてもらうことにする(笑)。法律ってのは社会の空気を作り、また反映する役割だしな。どっちかというと「空気嫁」な突っ込みだろう、それは。
免許を取る前の子供の頃から、上の文章の様に思っていた。車輌デビューしても、やっぱりその通りだったよ。


悲しい時に思い出せ。「当たらなければ、どうということはない」

追記(16:30)

疋田智氏のコラムのひずみっぷりについて。流し読みしかしてないから、気付けなかった。
若干話がズレるけど、運動性能差によってわきまえるってのは、車道上での自動車同士の駈け引きでも存在するんだよね。圧倒的な馬力差がある時は譲るとか、車種を見て抜き方や間合いの取り方を変えるとか。そんなマニアックに分けなくても、大型、普通、3ナンバー、5ナンバー、BOXタイプぐらいの見分けぐらいは、誰でも出来るでしょ。
運転が下手糞っていう範囲にはね「抜かれるのが下手」ってのもあるんだよ。アンダーパワーな自転車や原付、NAの軽自動車などは、一度振り返ってみるといいよ。