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自分、無粋ですから

それを言っちゃあおしめえよ。

常用漢字が増えるかもしれない

鹿阪奈岡熊梨阜埼茨栃媛

議事録がまだ出ていないがそのうち出るだろうからリンク。

とりあえずいじられにくい固有名詞、特に地名に対応か。逆にほっといても覚えそうな地名なら常用漢字認定せずともよい様な気がするけど、まあ体裁を整えましょうということかも。

漢字マニアの思い

ついでと言っては何だけど、昭和30年代に行われた新字体や書き換えについても多少見直して欲しいと常々思っている。大まかなことについてはスラドに書き込んだ通り。

何でもかんでも明治〜太平洋戦争時代の表記にまで戻さなくてよいと思いますが(江戸以前は別物です)戻した方がいいと思う疑問の大きい書き換えはいくつかあります。「散水」なんかはまだ意味が通るからいいのですが、例えば「沈澱」→「沈殿」とかはどうかと思う書き換えの一つかと。

部首を省略したり別の物に集約しただけのものについては、たいてい戻してもいいんじゃないかなぁと個人的には思っています。逆に手書きの俗字としては部首省略で音符だけ残すのもそれはそれでアリかと。
あと「示」偏は「衣」偏とわざわざ見分けが付きにくい様にしているので、「ネ」から「示」に戻せばいいのに、とか。

男性が沈んでどうすんのとか…。他にも「彎曲」→「湾曲」とかね。「湾」は新字体で、旧字体は「灣」。右側を新字体で変形したまではよかったのに(「糸言糸」形共通の変形)、余計な左側を付けちゃって意味がおかしくなってしまった例。

「礻」と「示」

旧字体についてはほぼ戻す必要もないと思っている方だけど(結構うまく簡略化している)、示と衣にだけはデメリットしか無く今すぐにでも戻すべきとすら思ってる。子供の頃だけでなく、大人になっても迷う人は多いはず。「神・儀式的な事柄」と「衣裳」では意味が違い過ぎるし。この新字体の最悪の例は「秘」で、何故か俗字だった「禾」をそのまま採用していて、偏は「示」しか考えられない様な字の意味がむちゃくちゃ。「祕」で何か問題なんかと。それ程まで、戦前の識字率では「示」が分かりにくいものだったのだろうか?
他に、これは新旧の自体とは関係ないんだけど、「犭(けものへん・犬と同じ由来)」の誤字がそのまま長い間定着してしまった「狭」を、「陜」辺りで置き換えるとか。これは中国ですらやってないけど。

逆に「略していい・そのままでいいんじゃねーの?」と思っている物

もう「にくづき」は固定化しちゃってるから、個人的には「腐」の下は「月」でもいいと思うんだよね。偏でもなんでもない「有」が「にくづき」なんだし。
「腐」って狭い場所に曲線がたくさん出てくるので書くの面倒だし、崩しても書き難い。「广」に「マ」で「魔」ってのがあるけど、「广」に「フ」では通じにくいしなぁ。「付」だけでは意味が吹っ飛びすぎる。
書き換えのままでいいよと思っているのは、

  • 俗字生まれで使い分けの意味も微妙、どっちかというと文学的な表現としてのみアリなんじゃない?と思う「慾(欲)」(現代日本語で言えば「重い」と「重たい」ぐらいの差)
  • 差がはっきりしない上に、辞書的には「いや」とは読まない「厭(嫌)」
  • 当て字が出来過ぎ「選考(銓衡)」

などなど。

まあとりあえずだな

平仮名で書き換えるのはヤメレ。ルビ付き漢字にしる。

ツッコミ

「阜」の部首名は「ぎふのふ」というトリビアをひけらかすために用います。

ちゃうわヒョギフ大統領。阜の意味は山・道。これを略したのが「阝(こざとへん)」とされる。険・陸・阪・陵・陽・陰とか。
ちなみに形のそっくりな「阝(おおざと…のUNICODEがないので代用)」は邑(集落・建物)の略。邦・郊・邸・郡・郭とか。
なお、一方で漢字にはダジャレの様な読み方の借用で別の意味を指す事になった字も山の様にあるので、例外もある。おおざとなら邪・郎など。さらに「郷」は成り立ちが全くの別物(意味は集落・建物関係なのにね)。この辺りが、ちょっと面倒な所だけど面白い所でもある。

余談

「集落」は本来「聚落」なんだが…字だけでなく字形にも馴染みが薄い漢字の復活は難しいだろうなと思う例の一つ。でも「聚」が「衆」と関係あると言えば納得してもらえる?「乑」で人が集まっている状態を表してるんだよね。

すばらしい洞察

常用外の漢字をカナに開いて使うときは、原則としてカタカナを使う、というように定めるべきなのではないかと思う。
そうすれば「キ裂」とか「警ラ」とか「ゼイ弱性」などの言葉も前後の助詞などに埋もれることがなく、独立後としての視認性がいいのではないかと、いつも思う。

なるほどな発想。カタカナは音を表すためにも使われるからね。