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自分、無粋ですから

それを言っちゃあおしめえよ。

秀でるということ

無粋 社会

別解の適切な取り扱いとは

元エントリーもはてブも違うよ、全然違うよ(これはMy流行なのか?)。
いや、特に元エントリーに関しては全否定という訳ではない。所詮テストの回答など正解していればそれでよいので、多少事情が絡んだとて別解を誤りとする必要はない。
しかし、逆に別解を何かすばらしいものであるとすることも、また誤り。既存の、しかも周知の法則や公式で紡ぎ出した回答は、結局意図された結果と同じ物を生み出したに過ぎず、回答の早さに劇的な差があってそれが積み重なりものすごい結果を生むならともかくとして、実際には単に通った国道の番号がちょっと違う程度である。それではただの正答との差は無い。ただの○以上たりえない。
しかも、たかだか親が金さえ払えば誰にでも先取りして教えてくれる程度の別解ごときを、集団生活の場「学校」のテストで書いてみたりするなど、単に調子をコいてるクソガキである。私のお郷の言葉で言えば"イチビリ"。極端だが、これをそのまま調子に乗らせて大人にしたら、ロボット人間の1/256も使えない人間になるだろう。

考える力を引き出す一つの方法

本当に考える力がある者、秀でた者とは、一つの問題から新しい道筋や新しい答えを導き出す、または新しい事に挑戦する者である。
褒める教育を目指すなんて話が言われているが、褒め所を間違えてはいけない。同じ終着点までの道の別ルートをどーせみんな後で習う物なのにちょっと先取りして教えた程度で、秀でる人間を育てられると思ったら大間違いである。そんなことしても、単なる優越感ゲームに勝ちたいだけのナマ物が出来上がる確率の方が、よっぽど高い(根拠は無い)。
「秀でる人間を育てる」とかがそもそもおこがましいのだが、それはともかくとして、元々芽を持っている物を引っ張り出すのにちょうどいい方法は、教育者(先生という意味ではなく広く大人という意味で)が教える者に自らの独自の物をぶちまけながらちょっとずつ反応を引き出していく事が一つ挙げられる。

脊椎反射への苦言

人を育てたいなら、モンスターペアレントがどーたらとか弱い物を叩き潰して優越感ゲームしたりウンコ議論してねーで、腹に一物ぐらい持って子供なり部下なりに接しろ。
おそらくid:tikani_nemuru_M氏はそこまで深い考えで言ってないという(勝手な)前提で想像していると思うが、「塾にいっている子が有利だから認めるな」というのは部分的には正しい。「違うよ、全然違うよ」と言っている部分の中心点はここだと、愚かな腐れ外道が申しておりますにゃ。